ライナーノーツ 2 宮田のエッセイ館

ライナーノーツ
ライナーノーツ 2

 原稿の活字を追って左右に振られていた中島氏の首の動きが、いつしか止まっていた。原稿を診察台の上に置いて、何かを考えるように原稿を見つめて動かなかった。「やっぱりライナーノーツとしてはNOなのか」と、私は中島氏の背中を見ながら、彼の沈黙に引きこまれて不安を覚えた。中島氏は原稿に向かって二~三度深く頷いてから、

「おもしろい!」

 と弾けるように唸った。

 ―よしOKだ―

 中島氏の反応に、私は不安が吹き飛んで心の中で声を上げた。彼はすぐに言った。

「この続きはいつ出来るんですか。続きが是非読みたい」

 ライナーノーツとしての体裁を考えていた自分が愚かしく思えた。

 後半の内容は未だ決まっていなかったが、アルバム『旅』に収録される楽曲の録音模様を、録音スタジオで取材して書こうと決めていた。

「絶対にCDを買います。発売になったら教えて下さい」

 中島氏は興奮して言った。

 その後、後半部分を書き加えて完成した。録音スタジオでの録音模様は、一般人の私から見ると面白すぎて、書くネタの宝庫であった。

 完成した5千字の文章は、一旦パソコンの中に眠らせた。数日間眠らせた後にパソコンの文章を開いた。先入観のない真っ白な気持ちになり、一般読者になったつもりで読み返した。

「よしOK」

 私は最終確認を終えて、ライナーノーツの原稿をレ・フレールの事務所と守也さんにメールで送った。自分の文章が、喜ばれるか喜ばれないかのどちらかとしたら、私の期待のメーターは喜ばれる方向に少しだけ振れていた。

 ところが、守也さんは期待した以上に喜んでくれた。彼の感激ぶりは、私の期待のメーターを完全に振り切っていた。

 事務所スタッフの反応も、守也さんによれば大好評であったらしい。最初、獣医にライナーノーツ?と心配していた事務所スタッフであったが、彼らの反応が180度変ったと知り、私はガッツポーズでほくそ笑んだ。

 守也さんはアルバム『旅』について、音楽関係の二つのメディアから取材を受けた。それぞれの取材担当者は真面目な雰囲気で取材し終えた途端、一様に表情を緩めて、

「ところで、『旅』のライナーノーツなんですが・・・」

 と異口同音に切り出してきたらしい。取材担当者が二人とも興味を持ってくれたのは嬉しかった。二人にとって、初めて出会ったタイプのライナーノーツだったろう。

 私は『旅』が発売された後、もっと長文のライナーノーツが世の中にあってもいいのではないか、と思った。薄手の文庫本一冊くらいの長さである。夜、酒をチビチビやってCDを聞きながらライナーノーツを読む。大人の素敵な夜の過ごし方ではなかろうか。機会があれば、そのようなライナーノーツを書いてみたいと私は思った。

 ある夜、NHKラジオの『ラジオ深夜便』という番組を聞いていたら、『旅』に収められた楽曲がアナウンサーの紹介で流れた。ライナーノーツを書きながら何度も聴いた曲だった。暗い部屋の中で、私は感慨深くそのメロディーを聴いた。(了)

totop