左脚の記憶 1 宮田のエッセイ館

解決した心の問題
左脚の記憶 1

 家並みの、ところどころに残る古い家屋に目を配った。はっきりと見覚えのある建物は見当たらない。首筋に当たる風は、まだ冷たさが残っていた。

 私は和菓子屋の前で立ち止まった。記憶の痕跡に媚びてくる木の古色に縁取られた店舗だった。店の女が笑みを浮かべて、客らしき女と喋っている。世間話でもしているようだ。道を尋ねやすい雰囲気を感じた。私はジャンパーのポケットから手を出し、和菓子屋の引き戸を開けて話しかけた。

 店の女は身振りを交えてD寺への道順を張り切って教えてくれた。

「あと五分も行かないうちに着きますよ」

 彼女は最後に二回付け加えた。道順の説明を、客の女は頷きながら聞いていた。

 教えられた通り、少し歩いたところに最初の四っ角があった。左の道は幅が狭く、緩やかな上り坂であった。登って間もなく薄らいでいた記憶はにわかに密度を増し、息が詰まるほど確かな記憶が込み上げて私は立ち止まった。思い出が背後から勢い良く迫っていた。振り返って見ると、足元の坂道が今曲がってきた四つ角で傾斜角度を変えて、まるで山間を流れる川のような蛇行を描いて先に続いていた。

―この道の先が広瀬川だ―

 昔、私は間違いなくこの道を歩いていたのだ。10歳の頃の自分が広瀬川の河原で遊んでいる断片的な情景がいくつも見えた。大きく息を吐いて再び緩い坂を登った。D寺はそこからすぐだった。

 寺の境内に入ると、正面にコンクリート造りの本堂があった。

―この裏だ、この裏―

 本堂を越えたつもりの曲線を、指で胸の前に描いた。本堂のたたずまいに見覚えが無くても、本堂横に広がる墓地のなかを通ったのは間違いないのだ。

 墓石間の通路は小さくうねり、所によって肩をすぼめたくなる狭さがあった。この通路を一気に走り抜けた記憶がある。その記憶を確かめるように、私は下手投げの動作で右腕を大きく振って、足元の通路に想像上の長い直線を描き、直線の行方を目で追った。

 今よりも身体がずっと小さく、もっと小回りが利いた10歳の頃とはいえ、走り抜けるほどの疾走ならば、どこかで足を引っ掛けたり肩をぶつけたりしそうである。

 奥まった所に、小さな白色の石像が見えた。幼い子供の像、幼児の墓だ。横顔が笑っている。地味な色合いの墓列のなかで、この幼児の像が白い光を放っているように見え、そして今にも動き出しそうに見えて、当時の私はとても怖かったのだ。動き出した子供に「遊ぼう」と声をかけられそうな気がしていたのだ。

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