妄想ババア 2 宮田のエッセイ館

妄想ババア
妄想ババア 2

『先日、娘のコーギー犬〇〇〇(犬の名前)が先生の動物病院で治療を受けました。今はお陰さまで元気にしています。住まいを別にする娘から、娘の犬が大変お世話になったと聞きました。今回、ご挨拶を兼ねてお礼の品物を贈りました』

 ということであった。〇〇〇という犬の名前に違和感があった。どちらかと言うと、〇〇〇は飲食店のスナックかバーなどの名称に似合っている名前だった。犬の名前を別にすれば、ハガキに書かれた内容に違和感は無かった。ボールペンで書かれた文字は、そう言われてみれば年寄りの女の字だった。

 私は動物病院のカルテを調べた。コーギー犬に限らず、全ての犬の名前、念のため全ての猫の名前も調べた。〇〇〇という名前は見つからなかった。

 念のため古いカルテを調べてみた。古いカルテは段ボール箱に入れて、倉庫の奥にしまってあった。私は、あるカルテに目が留まった。依頼人の名前を見つけたのだ。住所も合っていた。

 私の動物病院は平成3年の3月に開業し、依頼人は開業一ヶ月後の4月に犬を連れて来院していた。その時、狂犬病の予防接種とフィラリアの血液検査をしている。フィラリア予防薬は出していない。動物病院の約二十年間の歴史において、依頼人が来院したのは、後にも先にもこの一回だけだった。また、依頼人の娘が飼う犬の名前〇〇〇も古いカルテのどこにも無かった。

 ここで、私は依頼人の勘違いだろうか、と考えた。依頼人の娘は、犬をどこか別の動物病院で治療を受けさせていたのではないか。娘と別に暮らす依頼人は、娘との間に何らかのコミニケーションエラーがあって私の動物病院と勘違いした、という考えである。

 さっそく、私はカルテにあった依頼人の電話番号に電話をした。呼び出し音はするのだが、何度電話しても相手は出なかった。

 私は荷物を依頼人に返す準備をした。とにかく、返してしまった方がいいだろうと思った。黙って受け取ってしまったら、相手の妄想世界にズルズルと引きこまれたり、相手の陥穽(かんせい)にハマったりと今後の状況が泥沼化する可能性もあるのだ。

 しかし、幸いにも私は依頼人の家を尋ねる前に、依頼人の人物像について知る『事情通』と接する機会を得たのだ。私は事情通に事の経緯を説明した。

「~というわけで、私は依頼人の××さんから贈り物を頂く理由がないんです。で、荷物を××さんに返そうと思っているんですが」

 事情通は、合点がいったという風に「あー」と頷き、自身の頭を人差し指で突っつき、指先をクルクル回しながら言った。

「××さんは、ここがアレでして・・・荷物は返さない方がいいと思います」

 事情通によると、荷物を返すと××が逆上して執拗な嫌がらせをしてくる、というのだ。意味不明の贈り物を××から届けられた人が何人もいるらしい。

「何をしてくるか分からないですよ、××は」

 事情通は顔をしかめて言った。しかめた表情が、××から被害を受けた人たちの嫌な気持ちを代弁しているように見えた。荷物を送ってきた××の正体は、彼女自身にとって居心地のいい妄想世界に対して、真実を突きつける者に牙をむく妄想ババアだったのだ。

 この事実が分かった時、私と妻は全く同じ考えを抱いて目を見合わせた。我々は二人とも、あの時の犯人が××だった違いない、と考えたのだ。

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