妄想ババア 3 宮田のエッセイ館

妄想ババア
妄想ババア 3

 あれは、私が動物病院を開業して半年ほど経った頃である。私と妻が働く動物病院に、正体不明の女から嫌がらせの手紙や電話が来るようになった。一~二ヶ月続いた執拗な嫌がらせだった。

 結局、嫌がらせの犯人は分からずじまいだったのだが、我々夫婦は、あの時の犯人がこの妄想ババアに間違いない、の気持ちで一致したのだ。ハガキに書かれた妄想ババアの文字は、嫌がらせ女の手紙の文字から受ける印象と極めて近かった。生理的、本能的に間違いなく同一人物と感じるのだ。

 始めのうち、嫌がらせ女から送られてくる手紙の内容は、

『私(嫌がらせ女)は、あなた(私のこと)が他の女と結婚して許せない』

『あなたが夫婦で動物病院をやっているのが悔しい』

『私はあなたと一緒に、京急〇〇駅の近くで動物病院をやるつもりだった』

 などであったが、次第に、

『呪い殺してやる』

『動物病院に火をつけてやる』

 と物騒な内容になった。

 これと同時期に嫌がらせ女は、電話攻撃を仕掛けてきた。無言電話はもちろん、宇宙人と交信しているような意味不明の音声を裏声でまくし立てたり、やはり裏声で英語のような言葉を喋ったりした。一日に20~30本の電話攻撃のある日が続いた。留守番電話にも女の意味不明な声が録音されていた。電話機にナンバーディスプレイや着信拒否の機能が無い時代である。電話が鳴ったら、相手が飼い主さんかも知れないので受話器を取らなければならなかったのだ。うるさくて気が滅入る日々だった。

 嫌がらせ犯人の××は、この時五十歳くらいであったはずだ。この頃から××は、頭がアレの妄想ババアだったのだ。

 いろいろな話が出てきたので、分かりやすくするため「妄想ババア事件」の歴史を年表にまとめてみる。

 

 平成3年3月 横須賀市に宮田犬猫病院(以下、宮田AH)を開設

 平成3年4月 宮田AHに××が飼い犬を連れて来院する。××の来院はこの一回のみ

 平成3年秋頃 宮田AHが正体不明の女から執拗な嫌がらせを受ける

 平成23年夏 ××から宮田AHにビール・ウイスキーのお中元が届く

   同上   二十年前の嫌がらせの犯人が××と判明

   同上   ××を『妄想ババア』と命名

 

 上記の年表を見て分かる通り、妄想ババア事件には空白の二十年間がある。この間、妄想ババアがどこで何をしていたか不明である。ひょっとしたら、「頭がアレ」の方の関係で、そちらの筋の病院に入院していた可能性もあるが、幸いなことに私の職場は彼女のちょっかいを受けなかった。

 さて、棚に置いた500mlの缶ビール4ダースとウイスキー2本であるが、妄想ババアからの贈り物と分かると、容易に手が出せなくなってしまったのである。

totop