白いピアノ 6 宮田のエッセイ館

白いピアノ
白いピアノ 6

「お待たせ」

 陽気な声が聞こえた。顔を上げると笑顔の斉藤が立っていた。我々は飲食店を出て、斉藤の軽自動車に乗り込んだ。

 フロントガラスに落ちる雨滴を間欠ワイパーが弾き飛ばしている。車はどんどん駅を離れていった。平坦な土地が続き、家屋や商店が広い間隔を保って並んでいる。横須賀市では見られない広々とした光景だ。

 ところで、と私は切り出した。

「斉藤さんは、駅の立ち食いそば屋で食べることある?」

「うん、あるよ」

「何を食べる?」

「そばに、必ず揚げ物を一つ乗っけるね」

 斉藤は迷うことなく力強く答えた。揚げ物と言う時、瞬間的に鼻息が荒くなった。私は品川駅のホームで『かき揚げ天玉そば』を食べ、玉子が溶けたそば汁を残して来た。斉藤なら残さず汁を飲み干すのではなかろうかと、電車の中で考えていた。それを私は思い出して、確かめたくなった。

「汁は全部飲む?」

「うん飲む。ほとんどの場合」

 やはり斉藤は斉藤であった。

「そばに、玉子は入れる?」

「入れない。若い時は入れた」

 彼は、そばを食べきった後、汁で温まった生玉子をすするのが好きだったという。ところが、歳を取るにしたがって玉子の味が揚げ物に合わなくなってきた。それにさ、と斉藤は続けた。

「玉子は太るだろ」

 揚げ物も玉子に負けず太りそうだし、健康に配慮するなら、そばの汁は残した方がいいのでは、と思いながら私は黙ってふんふんと頷いていた。

 走るに従って周囲に家が少なくなった。側道に入ると道幅が狭くなり、道路中央に、車線を左右に分ける白線がなくなった。

「ここだよ」

 斉藤はハンドルを大きく切って、軽自動車を四角張った建物がある敷地に乗り入れた。

「ここ?」

 私は建物を見てびっくりし、語尾が派手に上ずった声が出てしまった。

 

totop