白いピアノ 5 宮田のエッセイ館

白いピアノ
白いピアノ 5

 千葉行き電車の車窓から東京スカイツリーが見えた。霧の中に上半分を隠して立っている。私は東京スカイツリーを見るのが初めてだった。口元に残っていた『かき揚げ天玉そば』の匂いは、いつしか消えていた。車窓の外は雨が降り続いていた。

 千葉駅で外房線の安房鴨川行き普通電車に乗り換えた。首都圏の県庁所在地が始発というのに、千葉駅に停車中から車内は完全にローカル線の趣があった。神奈川県民の私にとって、県庁所在地のイメージは横浜なのである。車内は空いていた。

 乗客はこれ以上混まないことを知っているかのように、ゆったりしている。これから都会を離れて家に帰る安心感が、空いた車内に満ちているようであった。初めて外房線に乗った私でも自然にくつろげた。

 家や建物が途切れた車窓の景色は田畑や雑木林に移って行く。江戸か明治時代から変わらぬ景色と思わせる畑が雑木林の近くにあり、私は見入ってしまった。次の駅に近づくと家や建物が目立ち始めた。およそ外房線は、駅から離れると田舎の風景になった。

 電車は目的のJR某田舎駅に到着した。私は改札を出て、駅前の風景を見ながら携帯電話で斉藤に電話をした。携帯電話は妻から借りてきものだ。私は一度も自分の携帯電話を所有したことがない。そのため本日出掛けに、妻から携帯電話のかけ方のレクチャーを受けてきた。おっかなびっくりボタンを押した。呼び出し音を聞きながら上手く電話がつながるか不安であった。

 不安の原因には、自分の不慣れさだけでなく携帯電話の古さもあった。使い始めてから約十年経つ電話本体は、傷だらけであった。携帯電話に内蔵されたカレンダーが今年の12月31日で終わるため、その先がどうなっているか見てみたい、と妻は言っていた。

「もしもーし、斉藤でーす」

 と、いつもの元気な声が携帯電話から聞こえた時はホッとした。雨のせいか、駅前の道路は自動車で駅に送られてくる人が目立った。

「たった今、運送屋さんがピアノを運搬してきたところでさ、少しの間コーヒーでも飲んで待っててくれ」

 と斉藤は言った。私は飲食店に入って、なぜか言われた通りコーヒーを飲みながら時間をつぶした。

 

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