白いピアノ 7 宮田のエッセイ館

白いピアノ
白いピアノ 7

 私は『千葉県のピアノ倉庫』、つまり今初めて目にする建物について斉藤から何度か話を聞き、これまで勝手に建物のイメージを形作っていた。

 イメージでは、倒産した会社が商品などの保管に使っていた、見るからに倉庫然とした古びた木造の建物であった。なかに入ればシャッターを閉めても隙間風が吹き、隙間を通して外の光が差し込み、天井の隅に蜘蛛の巣が張っている、というものであった。

 これは、斉藤が野草をおかずにご飯を食べていた極貧の頃、斉藤一家が住んでいたボロ借家の、涙無くして直視できない姿に加え、

「ピアノ倉庫に蜘蛛が住んでてさ、花子って名前をつけたんだ。オレが倉庫のドアを開けて中に入るだろ、するとさ、花子はスーっと後ずさって隠れちゃうんだ」

 との、彼の証言が合体して形作られたものであった。また、

「この前、ピアノ倉庫に入ったらさ、天井から何かぶら下がってんだよ。よく見たら蛇の脱け殻。さすがに驚いたな。大きい脱け殻だったよ」

 の新たな証言が加わり、私のピアノ倉庫のイメージは揺ぎないものとなっていた。

 揺ぎないイメージゆえに、今回私がここへ来たのは、どんな建物か気になったからではない。再び斉藤の証言である。

「あのさ、オレが知らないうちに、ピアノ倉庫にホームレスが住んでたのよ。使ってない所を開けてみたら、狭いスペースに一人分の生活臭がキッチリ収まってんの。布団があって鍋があって食器が並んでた。アハハ、まいっちゃったよ」

 私がここへ来た目的の一つは、自分の脳裏に揺ぎなくあるピアノ倉庫のイメージのどこが、ホームレス一人分の棲家であったのか知りたかったことだ。

 よくよく考えてみると、斉藤はピアノ倉庫の構造や外見についてほとんど説明していないし、私もそれについて敢えて聞こうと思わなかった。彼の貧乏性(安い物でも大切に使うという意味)と断片的な証言から、私が勝手なイメージを抱いていたのだ。しかし、強烈なイメージだった。それ故ここに到着した時、「ここ?」と上ずった声が出てしまったのだ。

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