坊さんの説教 2 宮田のエッセイ館

ローマ法王の言葉
坊さんの説教 2

 翌年の夏休み、私は自転車で永平寺に行った。あらかじめ、泊まりがけの修行体験を予約しておいた。大学のある北海道からフェリーに乗船して日本海を南下。福井県敦賀市で下船し、そこから自転車を漕いで永平寺に到着した。

 私と同じように修行体験をする者が約10人いた。全員一緒に指導係の坊さんから、一日の生活の流れや様々な作法を教わった。作法はたくさんあった。坐禅の仕方、掃除の仕方、風呂の入り方、トイレの使い方、食事の仕方、就寝の仕方、起床の仕方、布団のたたみ方、歩き方など。坐禅だけでなく生活の全てが修行なので、決められた作法は生活全般に及んだ。全ての作法の基本は、静かに淀みなく行うことである。

 指導係の坊さんは比較的小柄だったが、修行で備わったのであろう強い胆力が彼の姿を大きく見せた。見る者をしてオーラを感じさせた。すでに何日か修行体験をしていた大柄なドイツ人男性は、指導係の坊さんを「イーグル」と称していた。

 幸運にも私の修行体験中に、仏教学者の中村元先生が永平寺に講演に来られた。当時私は中村先生の著作を熱っぽく読んでいて、先生のお話をありがたく拝聴した。私にとって先生は偉人だった。トイレに入ろうとした私は、トイレから出ようとした先生とばったり出くわした。私は「あっ、先生!」と思った直後、ここで身についた作法通りに合掌してお辞儀をした。先生はにこやかに合掌してお辞儀を返してくれた。私は胸が高鳴った。この時の先生の姿が私の脳裏に今でも焼き付いている。

 一緒に修行体験を始めた人たちの中に、男性3人のグループがいた。3人は同じ会社に勤め、会社の研修としてここに送られてきたのだ。早朝から夜まで組まれた修行プログラムを、3人は皆と同じようにこなしていた。

 しかし、自らの意志で修行体験に参加した人たちと違って、会社命令でやってきた3人は、自由時間の時に、ここの生活について時々小声で不満を述べた。禁煙を余儀なくされる生活で、彼らは切なそうに言った。

「タバコが吸いたい」

 また、

「・・・に行けば一般の参拝者に混じってタバコが吸えるかもしれないぞ」

 と悪あがきをしていた。

 自由時間や就寝時は修行体験者みんなで大広間で過ごした。起床した後、布団を敷きっぱなしにして大広間を出た3人は、指導係の坊さんイーグルから、

「ここは飯場じゃねえんだぞ!布団を畳め!」

 とキ〇タマが縮み上がるような怒声で叱られていた。

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