妄想ババアから送られてきた荷物に、私は気味の悪さが拭い切れなかった。残った気味の悪さの主成分は妄想ババアの呪いだった。
二十年前の彼女による執拗な嫌がらせの時、彼女が送ってきた手紙の中に「呪い殺してやる」という言葉があった。二十年も経っているのに、私はその言葉が気になった。ババアが、荷物のビールを飲んだ人間に災いが振りかかる呪いでもかけているのではないだろうか、という気味の悪さに繋がっていた。
そういう訳で、自分より先にビールを飲んでくれる人が必要だった。
「斉藤さん、ビールをあげるよ」
私は、棚の荷物から500mlの缶ビール6本パックを一つ取り出して斉藤の前に置いた。
「ありがとう、いやー嬉しいな。でもどうしたの、このビール?」
斉藤は笑顔で目を輝かせた。
私は、妄想ババアに関するこれまでの因縁を簡単に説明した。
「こんなビールで悪いけど」
「なーに、そんなのなんでもない、なんでもない」
斉藤はキッパリと切り捨てるように言った。案の定、斉藤は妄想ババアを意に介さなかった。ババアに気持ち悪さを感じたとしても、彼の場合、気持ち悪さを1としたら、ビールが無料で飲める喜びは1兆くらいであって、気持ち悪さなどは物の数ではないのだ。
斉藤は缶ビールを撫でながら続けた。
「いやー嬉しいな、500mlが6本だよ」
私は缶ビールを撫でながら喜ぶ人間を初めて見た。
その後、私は用事があるふりをして斉藤に時々電話をかけ、彼の声の調子や健康状態を確認した。斉藤はいつまでたっても元気であった。電話口で、
「ところで、どう最近、元気?」
と聞けば、
「おー元気!元気!」
と必ず大きな声で返ってきた。
ところで、彼は妄想ババアのビールを飲んでから4年経過した現在も、驚くほど元気である。最近(平成27年)、斉藤のブログに書かれた次のような記事を目にして、私は彼の元気さに目を見張った。
斉藤はピアノの調律の依頼を受けて兵庫県に行った。横須賀市に仕事の拠点がある彼が、調律のために兵庫県まで出張すること自体、彼の元気さを表すものだが、この程度の出張は彼にとって珍しくない。問題は次だ。
兵庫県の、とある駅に彼は到着した。駅前で、彼は調律先へ行くために自転車(レンタル自転車のママチャリ)を借りた。ジュラルミンケースに入った調律道具の重さは13kg。それをママチャリの後部座席にくくりつけて、彼は駅前からペダルを漕(こ)ぎ始めた。駅前でママチャリを借りる時、彼は調律先までの距離を地図でサラッと見て「大したことない」と思っていた。
しかし、実際に駅から調律先までの距離は27kmあったのだ。調律が終わると、復路27kmを再びママチャリで走った。往復で54kmである。