閉会の言葉 4 宮田のエッセイ館

解決した心の問題
閉会の言葉 4

 司会のHさんに紹介されて、私は舞台の中央に進み出た。本格的な司会に紹介されてみると、自分が立派になったように思えた。私の目の前にマイクが載った演台がある。その向こうに800席の客席が広がり、約200人のお客さんが座っている。全員の視線が私に集まった。彼らは、飼い犬や飼い猫が18歳以上になった飼い主である。この長寿動物を祝う式典が終わると、次に表彰状を受け取る。

 私は演台のマイクに向かって口を開いた。ひとことひとことを、お客さんの目の前にゆっくり置いていった。

「皆様、本日はおめでとうございます。本式典は間もなく終了の運びとなりました。私は閉会の言葉を仰せつかった、神奈川県獣医師会の宮田と申します。

 私は小学生から高校生までの間に猫を3匹か4匹飼いました。獣医になってから今度は犬を飼い始めまして、今まで合わせて4匹の犬を飼いました。私がこれまでに飼った7~8匹の動物のなかで一番長生きだったのは、12歳の犬です。

 ですから18歳、あるいはそれ以上の年齢まで同じ動物に愛情を注ぎ続けてこられた皆様方を、私はとても羨ましく感じます。私はもっと長い時間、自分の犬と一緒にいたかったです」

 一息つき、改まったゆっくりした口調で話を再開した。音楽で言うところの転調を意識した。

「きっと、皆様はこれまで自分の飼い犬や飼い猫に『ありがとう』と言葉をかけたことがあると思います。飼い主を癒してくれて『ありがとう』、一緒にいてくれて『ありがとう』という気持ちの現れですね。

 私も自分の犬に、皆さんと同じ気持ちで『ありがとう』とよく声をかけていました。ある時、犬にそう言った直後、私は誰にいうともなく天に向かって、

『あ り が と う ご ざ い ま す』

 と、涙を一筋流しながら言ったことがあります。好きな動物を飼えるほど平和な生活がおくられることへの感謝の気持ちが、心から溢れ出てきたのです。

 目を閉じれば、今世の中に起きている・・・災害・・・紛争や戦争・・・凶悪犯罪・・・不景気な経済状況・・・などがまぶたの裏に浮かんで来ます。

 これからも、皆様方が笑顔で動物を飼える日々が続きますよう、私は心から願っております」

 私は客席に向かって一礼をして舞台を降りた。お客さんが表彰状を受け取るまで少し間があった。私は舞台のすぐ下に立っていた。客席の上の方から一人の中年女性がズンズン降りてきて、私に言った。

「今の閉会の言葉、とっても良かったです」

 私は彼女に礼を言った。彼女はそれだけ言うと、自分の席に取って返した。司会者の席に立っていたHさんは、ハンカチで目頭を押さえていた。(了)

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