閉会の言葉 3 宮田のエッセイ館

解決した心の問題
閉会の言葉 3

『動物フェスティバル・・・』

 横断幕の文字が式典のあるべき位置についていた。横断幕の紙質は看板の文字をきれいに隠し、「霊」の文字は透けて見えることはなかった。動物フェスティバルの式典は明日。残る心配は、横断幕が今から式典終了時まで看板にくっついているか、であった。

 一切れの両面テープが何グラムまでの紙を支えるという力学を、私は全く知らない。このくらいの箇所に両面テープで貼っておけば持つだろう、という感覚で横断幕を看板にくっつけた。作業の仕方に物理学的な裏付けや、経験的な裏付けがなかった。横断幕の紙は、思った以上に重かった。だから式典の最中、横断幕が剥(は)がれて看板の「霊」がお客さんの面前に現れやしないだろうか、と心配だった。

 このような心もとない準備のもとに、明日、動物フェスティバルの式典が行われる。動物フェスティバルの主催者に名前を連ねているのは、神奈川県獣医師会、神奈川県、横須賀市、三浦市などである。この準備において、私は全く頼りないイベント屋になっていた。

 横断幕の製作からして頼りないイベント屋の所業であった。実は、横断幕を横須賀市内のホテルで作ってもらったのだ。私が属する団体が会議や懇親会で利用しているホテルだ。会議用に椅子やテーブルが並べられたそのホテルの宴会場で、会議が始まる前に宴会担当者と世間話をした時のことである。

「あの横断幕、昔は職人さんが手で書いていたんですよ。今はどうやって作ると思いますか?」

 宴会担当者は部屋の上座に掲げた横断幕を指して言った。私は見当がつかなかったので首を捻った。

「大きい印刷機がありましてね、印刷したい文字を打ち込むんです。文字がきまったら紙の長さを打ち込むんです。それでスタート。たったそれだけなんです」

 彼はキーボードを押す動作をしながら言った。

「紙の幅だけは二種類から選ぶんですが。印刷機にセットするロール紙の幅は70cmと90cmの二種類でしてね。宴会や会議を受けるホテルだったら、ほとんどこの印刷機を持ってますよ」

 動物フェスティバルの日が近づくと、私は宴会担当者との会話を思い出していた。私はホテルに電話をして、彼に尋ねてみた。

「横断幕を作ってもらいたいんですけど、やってもらえますか。ホテルに横断幕だけを注文するっていうのも変な話ですけど」

 彼はふたつ返事で了解した。安い制作料だった。日頃の付き合いの賜物だった。

 

 翌日、神奈川歯科大学大講堂での式典は無事に進行した。式典の次第は「閉会の言葉」を残すのみとなった。看板に両面テープで貼り付けた横断幕は剥がれず、舞台上に「霊」が現れることはなかった。「閉会の言葉」は私の担当であった。

totop