白いピアノ 12 宮田のエッセイ館

白いピアノ
白いピアノ 12

 私がピアノ倉庫に来た目的は、ホームレスの件に加えて、斉藤が白いピアノを見た時の状況を詳しく知りたかったことにある。

 

 今から二~三年前、二人で酒を飲んでいる時、斉藤は私に語り始めた。

「ピアノ倉庫に入ったらさ、ピアノが白いんだよ」

 この語りから始まった実話は、ピアノ倉庫がホームレスの棲家になっていた話を含んでいた。まるで、現代の民話を聞くようであった。現在、ピアノをぎゅうぎゅう詰めに約30台保管するピアノ倉庫の部屋は、当時はピアノがまだ十台ほどしかなく、今よりも広々とした空間があったという。

「ピアノ倉庫に入ったら、黒かったはずのピアノが白いんだよ。ピアノが白く見えるほど、オレは疲れているんだって思ったんだ」

 普通の人だったら、ピアノに近づいて色をもっとよく観察するところだが、斉藤は違った。彼は人一倍体力がある。普通の人がとっくにぶっ倒れている仕事量をこなしても、彼は立っていられる。幻覚を見るほどの疲労を、彼は何度も経験してきた。斉藤は、ひとまず疲れを癒やそうと二階の事務室に上がり、椅子に座ってコーヒーを飲んだ。三十分ほどゆっくりした後、「よし!」と気合を入れてピアノの部屋に下りて行った。

 しかし、相変わらずピアノは白かった。彼は近くに寄ってよく見た。ここでようやく、普通の人が取る行動に出たのだ。よく見ると、ピアノに白い粉が噴霧されてあった。指で擦ってみたら、やはり白い粉に間違いなかった。

「消火器が噴射されたんだよ」

 消火器が二~三本、床に転がっていた。それらはピアノ倉庫に備え付けのものであった。部屋での異変はそれだけでなかった。打ち上げ花火をやった残骸が床に散乱していた。斉藤は仰天して悔しがった。狼藉者(ろうぜきもの)の侵入があったのだ。

「110番して来てくれた警察官が、悪ガキの仕業だろうって言ってた」

 犯人は分からずじまい。

「警察官にさ、ピアノ倉庫がホームレスの棲家にされてたって言ったら、警察官はみんなで笑ってたよ」

 部屋の後片付けは斉藤がした。消火器の粉末を掃除機で吸ったら、掃除機が詰まって使えなくなったと、斉藤は二度三度と言った。挙句の果てに、

「宮田さん、消火器の粉末は掃除機で吸わない方がいいよ」

 と忠告してくれた。私は、これから先の人生で、自分が消火器の粉を掃除機で吸う場面に遭遇することはないだろうと思った。彼は、他人の狼藉で掃除機まで壊したことが、余程悔しかったようだ。

 斉藤は冷静になって考えた。

「ホームレスの棲家になったのも、悪ガキに侵入されたのも、ピアノ倉庫の人気(ひとけ)のなさにある」

 と。斉藤を始めとするサウンドウェーブの関係者が、ピアノ倉庫に来る日が少ないのだ。

「だからオレ、ホームレスに手紙を書いたんだ」

 

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