白いピアノ 2 宮田のエッセイ館

白いピアノ
白いピアノ 2

 サウンドウェーブのピアノ倉庫へ行く日は朝から雨だった。

 私は傘をさし、ゴム長を履いて京急久里浜駅に向かっていた。ジーパンの裾はゴム長にきっちり入れてある。傘で避けきれない降雨や、足元から跳ね上がる雨水をゴム長が気持よく遮(さえぎ)る。くぼみに溜まった雨水を踏んでも足は快適そのもの。足元に余計な心配が無用なのだ。無敵の足元でバシャバシャと雨水をきって歩く。

 先日、招かれて行った賀詞交換会で、革靴からしみた雨水にたっぷり湿る靴下を我慢して過ごした宴席は情けなかった。私は、雨が強く降る道を、歯を食いしばって革靴で歩く自分がつまらなく思えた。次の機会に雨が強かったら、革靴でなく絶対にゴム長を履こう、と思った。この時、私がゴム長を愛用するターニングポイントになった。

 ゴム長着用の効用は足元にあるばかりでなく、世の中に対して積極的に参加する気持ちを惹起する点にもある。見かけの格好よりも実用性を選択した時、つまらない見栄が消えて晴れ晴れとした気持ちになる。いい意味で世の中に対して開き直った自分になるのだ。

 私は、京急久里浜駅から乗った快速電車に座って、

「よーし、乗り換えの品川駅で昼食を食ってみよう」

 という意欲に駆られていた。私は電車を利用する機会が少ないせいもあって、ここ数年間、駅構内で食事を摂ったことが無い。そういう人間が、慌ただしく人が行き交(か)う駅で、初めての飲食店に入るのは余計に気後れする。注文から食事、退席までが流れに乗って上手くできるか、が心配なのだ。最新のオーダーシステムが導入されている場合だってある。店内の流れに引っ掛かると危険だ。下手をすると、頭を上下左右にカクカクさせるニワトリのように店内を見渡しかねない。

 人の流れが速い都会では、大衆店であっても結構敷居が高い。しかし、スーパーマンがマントを羽織れば空を飛べるように、ゴム長を装着した私は高い敷居が跨(また)げるのだ。分からないことがあったら素直に聞けばいいのだ。

 とは言っても、品川駅での乗り換え時間に制約があった。時間の制約は、ゴム長の装着をもってしても、いかんともし難い問題である。

 電車に揺られながら私は、上着の内ポケットからコピー用紙を取り出して広げた。インターネットの駅探サイトで印刷した用紙だ。京急久里浜駅からピアノ倉庫がある千葉県のJR某田舎駅まで、私がこれで行こうと決めた最短時間コースの乗り換駅や電車の発車時刻が載っている。このスケジュール通りに行きたかった。斉藤にはJR某田舎駅に到着するおよその時間を伝えてある。無理をして品川駅構内で昼食を摂らないでおこう、と気持ちが動いた。

 

 

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