白いピアノ 3 宮田のエッセイ館

白いピアノ
白いピアノ 3

 私は品川駅で京浜急行を降りた。地下通路をくぐり、反対側の京浜急行線のホームに出て、改札をパスモでピッと通過する。ここから先はJR線のホームがずらりと並ぶ。

 最も手前の一番線は山手線内回り、目指すは13番線の横須賀線千葉方面である。通路の右手は駅ナカの飲食店街、左手は広々とした改札口。改札口前の広場で女性アナウンサーがマイクを通して喋り、人が集まっている。何かの催し物をやっているようだ。通路の突き当りに新幹線ホームがある。新幹線の文字を見るだけで、私は旅情をかきたてられてしまう。

 かつて新幹線で行った温泉旅行。グリーン車のゆったりした席に座ってビールを飲む。軽く酒が入った目で、滑るように動く景色をぼんやり眺めているだけで楽しい。・・・・硫黄成分がほんのり混じった温泉の、いい匂いが脱衣場に満ちている。目の前に置かれたお椀の蓋を開けると、だしが効いた汁の香りに頬骨あたりがツーンと重くなる。冷酒を一口、舌の上に置いて喉を通す。心地いい酔い、幸せに酔う・・・・私は、まだ見ぬ温泉地へ旅する夢を描いてしまう。

 新幹線の文字につかの間の旅情を覚え、私は13番線ホームに向かう階段を降りた。ホームに降りて少し歩いた所に立ち食いそば屋があって、醤油の効いただし汁のいい匂いが漂ってきた。とっさにここで食事をすることを考えた。13番線ホームのアナウンスが何か言っている。次に乗る千葉行き電車の発車時間までに食べ終わるだろうか、ギリギリかな? と考え、食べない方が無難と決めかけた・・・。

 13番線ホームのアナウンスが繰り返し何か言っている。よく聞けば「千葉行き電車の到着が三分遅れます」であった。私は心の中で「オッ!」と叫んだ。まさに天の声だった。三分間が余計に与えられたのだ。

 私は全身で立ち食いそば屋に向かった。お店の食券販売機に並ぶメニューの数が、思ったよりも多かった。昔、私が利用していた駅の立ち食いそば屋には食券販売機がなく、また、このお店と違ってカレーや丼物のメニューがなかったのだ。食券販売機に『かき揚げ天玉・510円』のボタンが左上の目立つ所にあり、好物の一つだったので、メニュー選びの寸暇を惜しんで、迷わずこれを押した。

 お店のおばさんが、私の前に『かき揚げ天玉そば』をニョキッと出してきた。私は、かき揚げを一口大に切って汁に浸し、そばと一緒に頬張った。食欲をそそる汁の匂いと、早く食べ終えようという気持ちで、私の口は大きく開いた。次に、いよいよ玉子の黄身に箸を向けた。黄身を絡(から)ませたそば、およびダシ汁を吸ったかき揚げ。このコンビネーションを豪快にひと口で味わえるのは、立ち食いそば屋以外にあるだろうか。

 

totop