賀詞交換会 7 宮田のエッセイ館

賀詞交換会
賀詞交換会 7

『私は十年前に兄を亡くし、六年前に母を亡くしました。二人の遺骨はともに、火葬場で拾ってから、そのまま自宅で保管していました。自宅には、十年前から置いてあった兄の骨壷の横に、六年前から母の骨壷が寄り添っておりました。

 海に散骨する場合、守るべきマナーがあります。骨を細かく砕いておき、岸からある程度離れたところで撒くことです。

 私は兄の骨を細かく砕くために、ハンマーで叩いてみましたが、兄は肉体労働をしていたせいか、骨が硬くて簡単に砕けませんでした。肉親の骨を思いっきり叩くのは気分がいいものでありません。私は骨の粉砕を諦めました。それ以来、散骨する気持ちを持ちながら、具体的な行動に出ないまま月日だけが過ぎました。

 先に進もうと思い立ったのが昨年です。私は散骨業者を探しました。「格安コース」と銘打ったコースを設定している業者がありました。普通のコースは、業者が遺骨を自宅まで取りに来てくれるのですが、格安コースは、こちらが遺骨をゆうパックで業者の事務所に送り届けるのです。私は、恐る恐る格安コースに申し込み、骨壷を二つ一緒にゆうパックで送りました。業者から「遺骨が届いた」と連絡があった時はホッとしました。

 散骨の舟は油壺のヨットハーバーから出ました。舟を見送るため、私は妻と一緒に車で現地に行きました。我々は、桟橋に着いている舟に案内されました。すでに遺骨は舟の中にありました。

 郵パックで送った兄と母の遺骨は、小麦粉と見紛うばかりのパウダー状になって、綺麗に袋詰めされていました。この時、散骨を専門業者に頼んでよかったと思いました。自分一人では、こんな風に上手く出来ません。

 袋は水に入るとすぐに溶けて、骨は海中に拡散するそうです。他にも、氏名の付いた数袋のパウダー状の遺骨が、兄と母の隣に並べてありました。みんな一緒に散骨するのです。

 舟を見送りに来たのは、我々夫婦の他にもう二人おりました。その二人は母と娘の関係のように見えました。骨になった人と二人はどういう関係なのだろう、二人は母と娘でなく歳の離れた姉妹なのだろうか、などと私は色々と想像を巡らしました。

 我々四人は、桟橋に立って出港する舟を見送りました。舟は入江をゆっくり沖に向かって行き、視界から消えました。

 私は帰るために妻と車に乗り、運転席から母と娘に目をやりました。二人が京浜急行の路線バスでここにやって来たことを私は知っていたので、都合のいい所まで送って行ってあげようか、と思ったのです。

 娘さんは海の中を興味深そうに覗き、母らしき人は娘さんを見つめていました。空は青く晴れ渡り、入江の水面は凪いでいます。私はこの時、この二人と一緒に散骨が出来て良かったと思いました。心が透き通った感覚を覚えたのです。私は妻と二人だけでヨットハーバーを後にしました。清々しい思い出になりました』

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