賀詞交換会 5 宮田のエッセイ館

賀詞交換会
賀詞交換会 5

「それでさ、さっき宮田さんが言ってたでしょ。狂犬病の犬は、見た目は狂犬でないって。そうなんだねぇ」

 と、横須賀市の保健所長K氏がビールをひと飲みして言った。保健所長が知らなかったからといって責められない。挨拶で白状した通り、獣医の私でさえ2年前にセミナーを受けるまで知らなかったのだ。

「そうです。狂犬に見えないので油断して手を出そうものなら、牙を剥く威嚇動作をしないで、いきなりサッと咬みにくる。だから怖いんです。ですけど、セミナーで狂犬病の犬を見ていて他にも驚いたことがあって、何かと言うと、留置針が装着してある犬がいたんです。あれには驚きました」

 留置針とは、体表の近くにある太い静脈に挿入したまま留め置く針である。針といっても、材質はプラスチック。一度装着しておけば、静脈内点滴や静脈内注射が数日間は楽に行うことができる。犬の場合は、前足の静脈に挿入し、テープを足にぐるぐる巻きにして留めておく。私は驚いた原因について説明した。

「犬に留置針を装着するには、犬を押さえる人が必要で・・・」

 K氏は医師なので、留置針と言えばすぐに分かってもらえるのだが、獣医医療に関しては少し説明が必要だ。

「押さえる人が犬に身体を密着させて、こうやって犬の頭頸部を、自分の肩と左腕で抱え込むんです。そうすると、犬の口がここに来ます」

 私は、犬の口に見立てた自分の右手を、影絵の犬のようにパクパクさせて左肩に着けた。

「こんなに、犬の口が人の顔に近づくんです」

 犬の口が、押さえる人の左頬に接するほどの距離にあり、犬の口から漏れる息が、押さえる人の耳たぶを掠めるのだ。

 おそらく、体調を崩した犬が、最初に一般の動物病院に収容されたのだ。動物病院のスタッフは、治療のため犬に留置針を装着した。しかし、治療を担当した獣医師が症状に狂犬病の疑いを持ったので、犬はタイ赤十字研究所に収容されたのだ。獣医師が疑った通り、犬は狂犬病だった。留置針を装着した狂犬病の犬は、セミナーの動画に複数頭が登場した。

「留置針を入れて治療をした犬が狂犬病だったんですよ。現地の動物病院のスタッフは、狂犬病の予防注射を接種しているでしょうが、それでも、私にとって驚きでした。ゾッとしました」

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