賀詞交換会 4 宮田のエッセイ館

賀詞交換会
賀詞交換会 4

 だから私は、自分の挨拶を短く終えよう、と考えていた。

「本日は、私ども横須賀三浦獣医師会の賀詞交換会に、ようこそお越しくださいました」

 型通りの挨拶の後、私は狂犬病に関する話をした。

 狂犬病の犬というと、目が釣り上がり、よだれを垂らし、寄らば噛むぞ的に牙をむいてうろつき回る、いわゆる狂犬のイメージが一般的に抱かれている。しかし、このイメージは間違いである。こんな症状を呈する狂犬病の犬は、ほとんどいない。都市伝説的に語り継がれてきたイメージなのである。と偉そうに述べているが、かく言う私も恥ずかしながら、2年前まで狂犬病の犬にこれと同じ狂犬のイメージを持っていた。

 2年前の平成25年、狂犬病の清浄国とされていた台湾で、52年ぶりに狂犬病の発生が確認された。隣国、しかも同じ島国での発生に、日本では厚生省を始め関連団体がざわついた。

 そんな折、私は狂犬病に関するセミナーを受講した。セミナー会場のスクリーンに狂犬病の症例が次々に映しだされた。症例はすべて数年前にタイ国のタイ赤十字研究所で撮影されたものである。タイは殺生を嫌う国柄で、狂犬病を疑う犬は、国中からタイ赤十字研究所の一箇所に集められ、犬が狂犬病だった場合でも死ぬまで世話をされる。つまり、そこは狂犬病の観察や撮影には絶好の場所でもあるのだ。

 私はセミナー会場のスクリーンを食い入るように眺めた。目からうろこがボタボタと落ちていった。熱帯の陽が差す犬舎は、狂犬病の犬が一頭ずつ個別に収容され、広々として清潔に保たれていた。

 座ろうとしてドスンと床に尻を落とす犬。上手く水が飲み込めないため、飲水行為を繰り返して口から水をヨダレのように垂らす犬。突っ張ったように歩く犬。嗄れ声で鳴く犬・・・。臨床診断のチェックポイントは、麻痺に関する項目が多い。それまで勝手に信じていた狂犬病のイメージが、熱湯をかけた雪のようにズンズン小さくなって消え去った。

 セミナーが終わった直後、私は、講師を務めた狂犬病臨床研究所の佐藤獣医師に歩み寄り、横須賀三浦獣医師会で同じセミナーをしてもらいたい旨を伝えた。

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